東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)159号 判決
一、本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲および審決理由の要点が原告主張のとおりであること、第一、第二引用例がいずれも本願出願前国内に頒布された刊行物であることは、当事者間に争いがない。
二、原告主張の(1)から(4)までの構成が本願発明の構成要件であることは当事者間に争いがない。
そこで、原告主張の(5)の構成が本願発明の構成要件に含まれるか否かについて判断する。原告も自認するとおり、本願発明の特許請求の範囲には、これが本願発明の構成要件に含まれることは明示されていない。そして、成立に争いのない甲第二、第六号証によれば、本願明細書の添附図面には、この構成を備えた経糸糊付乾燥機が示されているけれども、それは本願発明の一実施例に過ぎず、明細書の記載でこれが本願発明の構成要件に含まれる趣旨を表わしたものは何もないことが認められる。すなわち、特許請求の範囲の「乾燥室内の数縦列に設けた各ガイドローラー」という記載は、発明の詳細なる説明の項の「上下方向に適当な距離を置き縦列に配置した第一分離用ガイドローラー13縦列に導き」との記載に徴すれば、上下一列に配置したガイドローラーの列を数列設ける趣旨を表わしたものに過ぎない。また、特許請求の範囲の「乾燥室内の前後に形成した数段の独立熱風」という記載は、発明の詳細なる説明の項の「乾燥室9前半に第一熱風経路を形成し」および「乾燥室9後半に(中略)第二熱風経路を形成し」との記載に徴すれば、乾燥室内における乾燥工程の前半と後半に数段の独立熱風経路を設ける趣旨を表わしたものに過ぎない。したがつて、特許請求の範囲のこれらの記載からは,経糸列を一支点において九〇度以下に屈曲させたものを排除する趣旨が明確ではないから、これらの記載に基づいて(5)が本願発明の構成要件に含まれるとする原告の主張は採用の限りではない。
三、本願発明の(3)の構成のうち「乾燥室内でビーム別の各経糸列を更に分割して糸ピツチを増大し」という構成は、特許請求の範囲には「各経糸列を数個の経糸列に分割して糸ピツチを増大し」と記載されているだけであるから、その再分割の位置および態様には限定がないことが明らかである。原告は、この再分割の位置よび態様は、第一のガイドローラー13に懸架したビーム別の経糸列2を一ビームの経糸の半数が互に上下の他のビームの経糸の半数と交わるよう第二のガイドローラー14の列に懸架する構造に限定される旨主張し、前記甲第二、第六号証によれば、本願明細書の添附図面には原告の主張に副うような再分割の位置および態様が示されていることが認められる(別紙第一、第二、第三図参照)しかし、これが本願発明の一実施例に過ぎないことは、前記各甲号証により明らかであるから、原告のこの主張は採用の限りではない。また、原告は、機械の運転に先立ち、経糸をその主張のようにセツトする点に技術上の困難があつた旨主張するが、その困難を克服するために採用したと主張する「能率的画一的な方法」は、明細書に記載されていないばかりでなく(このことは原告の自認するところである。)、このような困難性は、物の発明である本願発明の(3)の構成に進歩性があるかどうかとは関係がない。
ところで、第一引用例に、一群にして糊付した経糸を各ビーム別の経糸列に分離し、これを乾燥室内で乾燥する経糸糊付乾燥機が記載されていることは、原告の自認するところである。そして、繊細な切れやすい糸を糊付乾燥する場合に、糸のもつれや接着を避けるため、ビーム別の経糸列を更に分割して糸ピツチを増大し、丁寧に乾燥することが当業者として当然実施すべきことであることは、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。そうだとすると、本願発明の(3)の構成は、同引用例の記載から当業者の容易に推考できるものと認めるのが相当である。よつて、本願発明の(3)の構成に進歩性があるとする原告の主張は採用することができない。
四、(一)本願発明の(1)の構成のうち「分離しつつ」が原告主張の趣旨であるかどうかについて判断すると、この構成は特許請求の範囲には「各ビーム別の経糸列に分離しつつ乾燥室に送入し」と記載さている。しかし、特許請求の範囲にはこれに引続き「ボールベアリングに軸支した乾燥室内の数縦列に設けた各ガイドローラーに順次懸架し、ビーム別の各経糸列に分離後」との記載がある。これらの特許請求の範囲の記載を前記甲第二、第六号証によつて認められる発明の詳細なる説明の項および添附図面の実施例の記載(別紙第一図参照)をしんしやくして解釈すれば、「各ビーム別の経糸列に分離して放射状に展開しながら乾燥室に送入し、乾燥室内の最初のガイドローラーに懸架し、放射状に展開することが終つた後」という趣旨であり、「分離」とは経糸列を放射状に展開することを含む趣旨であると認めなければならない。そうだとすると、本願発明の(1)の構成のうち「分離しつつ」は、原告主張のとおり、「乾燥室内で分離が完了するように分離しつつ」の趣旨であると認めるのが相当である。もつとも、前記各甲号証によれば、このような構成から生ずる作用効果については、本願明細書の発明の詳細なる説明の項には何も記載されていないことが認められる。しかし、原告主張の作用効果はこの構成から当然に生ずるものであるから、この事実は前認定を妨げるものではない。
そして、成立に争いのない甲第九号証によれば、第一引用例には、一群にして糊付した経糸を各ビーム別の経糸列に分離して放射状に展開し、それが終つた後に乾燥室に送入する構造の経糸糊付乾燥機が記載されていることが認められる。したがつて、本願発明の(1)の構成は同引用例には開示されていないことが明らかである。しかしながら、同引用例記載のこのような構造を本願発明の(1)の構成のように変更することは、特段の技術的困難性の主張のない本件においては、当業者が同引用例の記載に基づき容易に推考できるものと認めるのが相当である。
(二)本願発明の(2)の構成のうちガイドローラーをボールベアリングに軸支した点が第一引用例に示されていないことは当事者間に争いがない。しかし、ガイドローラーを設置する手段位置等については何も限定がないから、特段の技術的困難性の主張のない本件においては、前記軸支手段は当業者が技術常識から容易に推考できるものと認めるのが相当である。
(三)本願発明の(3)の構成が進歩性を有しないことは、前認定のとおりである。
(四)第二引用例に、数段の独立した熱風で乾燥を行うスライバー乾燥機が記載されていることは当事者間に争いがない。原告は、スライバーの乾燥と経糸の糊付乾燥とは技術分野が異なる旨主張するが、両者は繊維の乾燥という点では同一であるから、特段の技術的困難性の主張のない本件においては、本願発明の(4)の構成は、第二引用例の記載から当業者の容易に推考できるものと認めるのが相当である。
(五)以上認定したとおり、本願発明の(1)から(4)までの各構成はいずれも進歩性を有しない(原告も(3)を除き、各構成自体が進歩性を有することを主張していない。)。そうだとすると、この各構成の組合せは、これについて克服しなければならない技術的困難性があつたことの主張、立証のない本件においては、これによつて顕著な作用効果が生じない限り、当業者が第一および第二引用例に基づき容易に推考できるものと認めるのが相当である。
五、そこで、本願発明の(1)から(4)までの各構成の組合せが原告主張の作用効果を有するかどうかについて判断する。
本願発明が合成繊維の無撚糸および長繊維(絹糸を除く)の極細糸の糊付乾燥を目的とすること、これらの糸が原告主張の特性を有し、これらの糸を糊付乾燥する機械が原告主張の性能を要求されることは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一二号証の一、二、三、第二〇号証の一から四まで、乙第三号証の一、二、三、証人小森淳の証言によれば、本願出願前、合成繊維の無撚糸および長繊維の極細糸の前記の特性から要求される性能を有する糊付乾燥機がなかつたこと、例えば、ナイロン、テトロンの糊付乾燥は、実際には糊槽内に一部浸漬したローラーを回転させ、その表面に経糸を一本づつ走らせて行う「ローラー式一本糊付法」と呼ばれる方法によつて行われていたこと、原告が本願発明の実施品であると主張する「河本式一五Dサイザー」という名称の機械を使用することによつて、織物に必要な総経糸本数の経糸を機械により同時に糊付乾燥することがはじめて可能になつたことがうかがわれる。
原告は、これは本願発明の各構成の組合せの効果である、と主張する。しかし、前記甲第二〇号証の一から四まで、乙第三号証の一、二、三、証人小森淳の証言によれば、次の事実が認められる。
「河本式一五Dサイザー」は、本願発明の(1)から(4)までの各構成を備えているけれども、(2)の構成の実施態様としては、脱糊を防ぐためテフロンによる特殊加工を施したガイドローラーを使用し、乾燥段階中糊付された糸の最も粘着性の強い時点を避けるようにその設置位置を定めている。また、(3)の構成の実施態様としては、乾燥室内で第一のガイドローラーに懸架したビーム別の各経糸列を、一ビームの経糸の半数が互に上下の他のビームの経糸の半数と交わるように第二のガイドローラーに懸架している。そして、(1)から(4)までの構成のほかに、原告主張の(5)の構成を備えている。
以上の事実が認められるところ、証人小森淳の証言および弁論の全趣旨によれば、このような構造を備えていない機械では、合成繊維の無撚糸および長繊維の極細糸の糊付乾燥は不可能であることがうかがわれる。そうだとすると、「河本式一五Dサイザー」が前認定の効果を有するとしても、本願発明の(1)から(4)までの構成を備えた機械の全部が同じ効果を有すると認めることはできない。したがつて、本願発明の(1)から(4)までの各構成の組合せが原告主張の作用効果を有することを認めるに足りる証拠はないことになる。
六、以上のとおりであるから、審決には原告主張の違法はない。よつて、原告の本訴請求は失当であるから棄却する。
本発明の特許請求範囲
所要数のビームより繰出した各経糸列を一群にして糊付け後、各ビーム別の経糸列に分離しつつ乾燥室に送入し、ボールベアリングに軸支した乾燥室内の数縦列に設けた各ガイドローラーに順次懸架し、ビーム別の各経糸列に分離後各経糸列を数個の経糸列に分割して糸ピツチを増大し、再び分割した経糸列を集合して元経糸列毎にして乾燥室内を移送し、この間乾燥室内の前後に形成した数段の独立熱風で経糸を乾燥し、乾燥後乾燥室外に送り出し一群にして繊機ビームに捲取らせることを特徴とした合成繊維の無撚糸、長繊維の極細糸用の経糸糊付乾燥機
審決理由の要点
本願発明の要旨は前項掲記の特許請求の範囲のとおりである。
昭和三〇年特許出願公告第五五七六号公報(以下「第一引用例」という。)には、所要数のビームより繰出した各経糸列を一群にして糊付後、これを各糸列に分離しつつ乾燥室に送入し、二段の独立熱風で経糸を乾燥し、乾燥後乾燥室外に送り出し、一群にして織機ビームに巻取らせるようにした経糸糊付乾燥機について記載されている。
本願発明は、第一引用例記載のものにおいて、乾燥室内で一旦ビームの本数に一致する数の経糸列に分離後、各経糸列をさらにまた分割するようにし、乾燥は、数段の独立した熱風で行うようにしたものに相当する。
しかしながら、本願発明が乾燥室内で経糸を一旦ビーム本数に一致する数に分離後、その上さらにまた、その分離されたそれぞれを分割したといつても、それはただ、分割の程度を増して、一本一本の経糸の間融をより大きくして、乾燥中糸相互間のもつれと接着を防ごうとすることをその目的とするものであることは、明細書全体の記載からみて明らかである。そして、このような目的は、第一引用例記載のものもまた、これをその発明の目的としているのであつて、このように発明の目的において一致していて、分割回数の相違についても格別な効果を認めることができないので、結局この相違に発明があるとは認め難い。
次に、数段の独立した熱風で乾燥を行うようにした点は、実用新案出願公告昭和三一年第一七三八八号公報(以下「第二引用例」という。)記載のものと全く一致している。
そして、前記のように数回にわたつて経糸を分割したことと、数段の独立した熱風で乾燥するようにしたこととを兼ね備えたための効果としては、同じく格別なものがあるとは認め難い。
なお、本願発明においてガイドローラーをボールベアリング軸受によつて支えたこと、用途を合成繊維の無撚糸、長繊維の極細糸用に限定したことについても、格別な効果を認め難い。
してみれば、本願発明は、いずれも本願出願前国内に頒布された刊行物である第一および第二引用例に示された技術内容から、当業者が必要に応じ容易に推考できるものと認められる。したがつて、本願発明は、特許法施行法第二〇条第一項によりなお効力を有する旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の発明と認め難いので、特許することができない。
別紙
第1図(省略)
第2図(省略)
第3図(省略)